2003年水輪通信42号より               

2002年内観合宿ワーク&スタディに参加して

国分 幹雄 さん 

※文中のかっこ内の文章は水輪からのメッセージです。
●平成14年12月27日
水輪の中へ入ったとたん、ああいい空間だと感じた。研先生が魂にひびく話を聞かせて下さった。もっと聞きたい。話したいと思っています。パスタをどうして素のまま出したのだろうと疑問でした。(こういうお料理でした)せめてスタッフの皆さん食事の時間くらいはくつろげないのだろうと思った。また、狭い場所なりにお膳をもう少し工夫したらいかがでしょう。
(真実の道はここにあります。どんな時でもどんな場でも今になりきる練習をして下さい。自分の常に比較する心のパターンをよく知ってください。どんな時でも感謝心を忘れず。)
●平成14年12月28日
 ワークスタディは沈黙でと知らされる。ええっ?つらいなあ「慣れない空気はつらいなあ。」そして、調理場では、“こうすればいいのに”とか、もう心は一日中散漫状態でした。自己を知るって、沈黙がもたらすものって何?ってもうひとりの自分に問いかけてる。心は何々静まらない。永遠と何かを繰り返している。みどり先生の言葉が糧となりました。止観。今、ここ、自分に気づく。なりきる。やります。やってみよう。
(ワークシートに書かれたようなくりかえしをどこへ行ってもどんな時でも誰にあってもしていると思います。ほんとうに真実の道を知りたいのなら、まず、自分の中にあるざわつく雑念を静めることから。やってみましょう。呼吸になりきって!)

●平成14年12月29日

昨日、僕を悩ましていた迷い、執着、比較、安意な考えなどはうすらいでゆき、ひとつひとつの仕事に何か集中することができました。意識が変わるとこんなにもちがうのかと実感した瞬間もありました。そして、多少なりともなりきっていることで沈黙が守れ、かつ他のスタッフの方と連携して仕事も出来ていることもありました。
 慌しさから解放され、ふと空を見上げると澄んだ真っ青な空。そして冷たく、新鮮な空気。風鈴がかすかな風で鳴り、ひとつの音が響いた。その瞬間、何とも言えない静寂が訪れ、しばらくその場に身をゆだねていた。しばらく呼吸を繰り返し、心地良さを味わっていました。これは雑念だらけの昨日を乗り越えことができた僕に神様が与えてくれたささやかなごほうびなのでしょうか。
(あなたはとても素晴らしいダイヤモンドの原石をもたれていますね。人は人生という道をとうしてそのダイヤモンドの原石を磨き、磨きつづけ、本当の自己のすばらしいエッセンス(本質)に出会っていくのですが、あなたは求めが、他の人より強く、それはとても人生にとって素晴らしいことと思います。ですから、こんなに素晴らしい自己の本質(神)に出会っていられるのですね。とても私もうれしいです。これからは、そのエッセンスをどのくらいさらに保ちつづけられるかどうか。仕事の関係性を通してさまざまにおこる心の波、安らぎの波に変容され、静寂という音色を目からのうちからの他にもひびかせることができるかどうか、自らの自律を互いにひびかせあっていく美しさを、感じていて下さい。わたしもとてもうれしいです。出会いに感謝します。
さまざまな心の波も時ふれば、やがて静まる朝まぎのごとく)
●平成14年12月30日
 石油の交換時に失敗をした。ここでも自己のパターンがあった。認められたい、俺が、俺自分の存在感を出そうみたいな思いがあった。その思いがルールに忠実に従うとか調和を計るということをオーバーしてしまった。突っ走って規則を破る、ミスをする。過去に実によくあった心のパターン。
 夕食後、自分の頭に家族だったり、友人の顔が浮んでくる。あダメダメ引きずられてる。これも心のパターンだ。まだまだ心がざわついてきます。
 ま、取り敢えず、また明日、過去でもなく未来でもない今を生きてみようと思います。
 (記憶の海は消せません。いつも私達は一秒の前のことにもとらわれ、まきこまれ、本来の自分を見失っています。永遠につづく業像的な自己、それは、いつも安定に満たされている。消すとか断つとか断たないとかの相対にある状態ではなくそれも融合しながら統合されていく。エネルギーの状態です。笑いも真実のよろこびから出てくるほほえみになるでしょう。)
●平成14年12月31日
 仕事に集中してるつもりが、自分の世界にはまりこんでしまってた。息苦しかった。みさ子さん、円水さん何故そこまでがんばれるんでしょうか。水輪というこの場所にどういう思いを持って根を下ろしているんだろう。つい人の心をのぞこうとしてしまう。まず、自分がどうであるか。
 (真実の道を本当に求めるのは並大抵のことではありませんね。雑念を通ってしか次のステップを進むことは出来ないのですね。あなたは、ほんとうに何がほしいのか何を求めているかまだまだよくみる必要がありますね。そしてスタッフもあなたと同じような雑念の道を通りながら、一瞬一瞬の今の自分を注意深く内面を見てきました。
 お釈迦さまは、他のこと(うれしい、楽しい、美しいも含めてほしい、自分を見て…なども)に依存するのではなく、自らよりどころとせよとおっしゃています。本当に自己を深めていった時、一人を味わえるものは二人をも味わえる。二人を味わえるものは三人を味わえる。三人を味わえるものは大勢を味わえる。大勢を味わえるものは、まこと一人の孤独を味わいわくことのできるものでもありますね。その安心の境地、どんな時にも、どんな場でも、何がおころうと自分が自分自身に落ちついていられる自分が重要。そんな時に、呼吸も今と完全に一致していますね。動き回るほど自分をわかりにくくしているものはないのですね。自分を変えるのには環境を変えるという言葉があります。その安心の境地、どんな時にも、どんな場でも、何がおころうと自分が自分自身に落ちついていられる自分が重要。そんな時に、呼吸も今と完全に一致していますね。動き回るほど自分をわかりにくくしているものはないのですね。自分を変えるのには環境を変えるという言葉があります。なれてくれば全てゆるむとしまるのバランスでできるようになりますよ。)
●平成15年1月1日
 水輪に来て本気で真剣で物事を取り組む気持ち良さ、充実感を感じつつあるのだけど、やはり生きることの真剣さと緩和のバランスが大切なのだろうか。
(全てはバランスです。自分でとれることを今学んでいます。)
ぞうきんがけの際、円水さんがヒントをくれた。そうか、そういうことか。今までの自分の人生もこうやっておろそかにしてきてしまったのか。そうきんがけ、心を入れてふいているつもり。今まで生きてきたつもり。もっとひとつひとつの物事に対して確実に対処していくべきなんだ。人に対しても。時間に対しても真剣に。
 もうひとつ気づき。テーブルの上のランプのかさを今日も拭いた。今日、いつもよりグ−ッと集中して拭いてみたらいつもタオルでもほこりを取ることができた。ようは物に頼るのでなく自分を高めればいい。自分自身の許容範囲の問題だ。限界を自分で決めるから何か指摘されるとカチンとくるのだ。大事なのは何でも自分を高める材料にしていけばいいのだ。
 今日、みさ子さんに対する見方が変わったかな。頑張ってる彼女に対してついていけない所があった。これも自分の許容範囲が狭いから。集中力の高まった今日は彼女の必死の姿が尊く見えた。それは彼女の生きる姿勢そのものでした。ジーンと心の中で感動しました。みさ子さんありがとう。
 研先生、今日は瞑想中素晴らしい話をありがとうございます。父親に対しては僕もいろいろありましたので勇気つけられました。とても貴重な体験です。水輪に来て良かった。
 (自分のエッセンスに出会うプロセスをみごとにいまつうかしていますね。たまねぎの皮をむくようにひとつひとつ落としていくと本来、あなたがもっている素晴らしいダイヤモンドの輝きがひかりしてきます。やはり国分君の魂のレベルが、この世になぜ生まれてきたのか、真実とは何かを真剣に求めているのですね。私は、そういう人たちを本当にすばらしいと思う。進化している人とも言えますね。本当はもっと居られれば、もっと深いものがみえてきますよ。これも全てえんですね。
  一週間よく御自分の心をみていろいろなプロセスを通り、とても素晴らしい境地を練り上げられましたね。さすがですね。あなたの今までに求め、積み上げられてきた意識の深さがスイッチを切りかえる力になっているのでしょうね。これから、あなたが何を求め、どう生きたいのか、また御縁の中でひとつひとつがきっとあきらかになってくるでしょう。 そしてあなたの使命にめざめて、あなたの素晴らしい輝きにみんなが心を求めて生けるような共に生きる道をぜひさがしてほしいと思います。)
●平成15年1月3日

 今日、内観者方々が帰られた。とても気持ちよく見送ることができ、澄々しい気分だった。最後の食事の際にみどり先生から改めて僕を紹介してもらい、僕の感想文を読んでくださった。そして僕のここでの感じたこと、気づき、思いなどを皆様の前で告白させていただき、“ああ、生きてるな”という確認ができた。交流、対話、共振、共鳴。こんな僕に共感してくれる人がいた。声をかけてくれる人がいた。ほめてくれる人がいた。交わってくれる人がいた。水輪とは、やはりこういった場なんだ。苦しさをのりこえたあとのさわやかな感動。

( 国分さんもいろいろなプロセスを通り、御自分を磨かれてきたものですね。あなたのもっとすばらしさがたくさんの人に伝わってほしいです。何に命を使うか、使命に生きることをぜひみつけてほしいです。何のために生きるのか、できれば腰をおちつけて土台づくりからご自分を発信し、生き方としての自分をみつけて下さい。)

●平成15年1月4日

 今日は雪かきをおもにさせてもらった。雪かきの体験がほとんどなかったせいか新鮮な感覚で、かみしめるようにして味わうように作業した。労働の喜び。冷たく新鮮な空気。深くなる呼吸。円水さんとの魂の対話。何かピーンと神経が覚めていくような気持ち良さがあった。ふりかえると自分の雪かきした所がしっかり道になっている。道を造る。人が歩きやすくするための。なんと僕は意味のあることをしたんだ。妙にうれしかった。
 待ちに待っていたみどり先生との対話。僕は半面舞い上がりながらも言葉を紡きだすように思い告白していった。みどり先生が聴いてくれている。安心している自分。今度はみどり先生が語ってくれる。魂の言葉に僕はどんどん吸い込まれていった。
 心の中で「そうだよ。そうです。」と何度も共感し相槌を打つ。響いた。眠っていた何かがビリビリと響いた。水輪という場所。そこに集う人たち。そこで繰り広がるいのちの営み。関わってみたいと思う。少しでも自分を高められた状態で今になりきることに望みたい。そして父母に対して手紙を書きたい。自分が内観をしたこと、水輪で体験したことで得た気づきとこれからの人生こうありたいということを両親に伝えたい。こんな自分になれたこと、貴重な体験、一生わすれられない8日間、苦しくつらかった時間さえも今は僕のダイヤモンドの原石となりました。それを磨いてゆくことが生きること。人生を深めること。またそう言ってもらえますか。自分が本当に二本の足で自立する時まで…。

国分さんへ

 たましいの心の旅を求め生きておられるあなたへ、シートを読ませて頂きました。心の底から、言葉にならない心のひだ奥にあるあなたの本心にいつも耳を澄ませていてほしい。
 冷たく澄んだ静寂さの中から音なき音の音色を感じていてほしい。まことの真実道をみつけて下さいね。お祈りしています。

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